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写真をまとめたサイトを作っています

2006.06.29 (Thu)
ブログにおいてきた写真を整理しがてら、
ホームページを作ってみています。

これから、新サイトにも皆様のところにリンクを張らせていただきたく思っています…
順次、お願いにあがる予定でおります。
毎度のことながら、ボチボチ勉強しつつ、マイペースでやっていきます。

まだ工事中が多いのですが、発表してしまわないとさらに作業が遅くなりそうなので
お知らせしちゃいました☆

どうか、のんびり見守ってくださいませ。

↓トップページの画像です。クリックしていただくと、
新しい画面でホームページを開きます。

写真とエッセイ・人生は、宝物


この島では使えない携帯電話の待ち受け画像ページも作っていますので、
遊びにいらしてみてくださいね。
(ここの携帯電話の画面は白黒ですので…)

コチラからも、ジャンプできます→携帯電話の待ち受け画像ページ

皆様の毎日が素敵な日々でありますように。
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エンガ

2006.06.25 (Sun)
去年のはじめ、大嵐の前の晩に迷い込んできた野良犬。
見事な茶色だったので、エンガと名づけて
部落のみんなと世話をしていた(サモア語で、茶色をエンガエンガというのです)。
この島の人に、犬をつないで飼うという概念がある人は少ない。
「部落犬」という待遇の「みんなの犬」が、あちこちの家で残り物をもらって生きている。

部落犬になるのは子犬のころに誰かに拾われた犬たちだけで…
ダウンタウンは、不健康な野良犬であふれかえっている。

エンガも、何世代も野良犬だったのだろう。
初めて見たとき、これは助からないかもしれない…と覚悟するほど
栄養状態も、皮膚も、ひどい状態だった。
この島に開業している獣医はいない。

彼は、でも、すくすくと育ち、
いくら世話をしても特に人になつくでもなく、
ただ、私の部屋の前を自分の場所と思い決めていたようだった。

くつろぐ時以外はいつでも放浪していて、
アッチはアッチ、コッチはコッチ、と生活していた。

ほかの部落犬と同様に、みんなが与える残り物をえさにしていて、
実に気楽でのんきな犬だった。

外で眼が会えば、なんとなく嬉しそうに耳を後ろへたらして、
挨拶程度はしてくれた。
不器用に前足を突き出す「お手」ができた。

そのエンガが、短い生涯を終えてしまったのは、先週だった。
みんなの涙と大雨の中、タロイモ畑の横に埋めた。

彼は大人しい犬だったし、いつも私の部屋の前に陣取っていたものだから…
今でもエンガがそこにいて、
いつものように風の香りを嗅いだり、雲を眺めているような気がするんです。

この、小さくて愛しいもの。
しばらくは、神様がヒョイと抱き上げた、と思っていたい。
P5210055.jpg
Misako(C) American Samoa
ありがとう、エンガ。次は熱帯雨林気候ではないところで生まれなね。

2006.06.17 (Sat)
ひとつ同じ空の下

   ひとつ同じ星の上

いろいろあって忘れがちなことだけど
                地球って…美しいなぁ

青は哀しみの色でもあるが、深く眠らせてくれる安心の色でもある。

Misako (C) Hawaii
見えぬけれども あるんだよ、
見えぬものでも あるんだよ。
              …金子みすず「星とたんぽぽ」

ファア・サァモア

2006.06.11 (Sun)
私が今いる集落は、
湾から一気に駆け上がるような山に囲まれているので、
平坦な土地はほとんどない。

それでも、近所のサモアンファミリーは
つま先上がりの斜面を開墾して、タロイモ畑の世話をしている。

なにしろ周りがジャングルなので……
こまめに雑草をとり、雨で土壌が流れないようヤシの葉で芋の周りを覆い、
地中にて8か月、やがて丸々太ったタロ芋が食卓にのぼるまで
全て手作業での世話に休みはない。

収穫の時期が来ると、芋を静かに掘り起こし
丸々太った芋だけよりわけ、残りはまた、畑に埋めなおす。

タロイモの世話は、木の枝を使うのだそうだ。
鉄のシャベルを使うと芋がザックリと傷ついてしまうので「申し訳ない」と彼らは言う。
全ておいしく戴くことが大切なのだから、と。

この枝はよく使い込まれていて滑らかではあるが、とても重い。
父親は上手にその重みを利用して穴を掘る。
少年は父の黙々と穴を掘る姿を見て、見よう見まねで真似をする。
それを見守る母親の、満ち足りたようなまなざし。

湾を渡って来た風が、芋の葉を揺らして通っていく。
朝露が芋の葉の上をコロリと一周、地面に戻る。
やわらかな水彩画のような風景である。

これだけ世話のかかる芋、市場では高値で売られている。
しかし、この家族は収穫物はみんなのもの……といって、
全て近所に配ってしまう。

作物の恵みを配れることが、喜びであるのだそうだ。
それが、ファア・サモア(サモアのしきたり)であると。

この島は米領ゆえか、すっかり貨幣社会が浸透しており
特に港周りはいろいろと騒がしく
彼らのような人は珍しいのだ(道を歩いていると、現金をせびられることもある)。

サモアの言葉で、
「私の」という単語に、ラウ(Lau)という単語がある。
この単語、「私の」と同時に「あなたの」という意味も持つ。

私のものは、あなたのもの。
あなたの喜びは、私の喜び…。
この家族といると、いつも心が洗われる。

幸せの形は人それぞれ。
でも、根底に流れる心の向きは、きっと同じなんだな…と、フと思う。

いつもとても良くしてくださる私のサモアンファミリー、タロイモの収穫途中です。
人物はめったに撮らないのですが……
あんまりにも幸せな気持ちになる笑顔なので、日本の皆さんにもご紹介(本人たちも喜んでいます)。

右から、私のサモアンママ・リア母ちゃん、少年ユアサ、父・寡黙で優しいビッグユアサ。
IMG_0946.jpg
Misako (C) American Samoa
誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ。宮沢賢治 銀河鉄道の夜

燦々

2006.06.06 (Tue)
光り輝く希望、色鮮やかな夢。

叶わなかったからといって傷つく必要はない。
見つからないからといって探すのを諦める必要はない。

日々に没頭していれば、気が付いたときには大きくなっているものだ。

Misako(c)Hawaii
「いいえ、飛んだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりでいっぱいですよ。
僕たちばらばらになろうたって、どこかのたまり水の上に落ちようたって、
お日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ」 宮沢賢治 おきなぐさ

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