スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

知らずに残して置きたいもの

2014.08.12 (Tue)
2011年に、大陸を車で移動していた時に立ち寄ったユタ州のブライスキャニオン国立公園での一枚。
「足元」が侵食されて、地面を求めて移動している…ようにも見える木。

人が見ていない間、そんな風に動きまわっているんだったら楽しいんだけれど。
それ以上の詮索はやめて、
「なんとなく不思議で楽しげな思い」の場所で止めて置くのも私の自由か、とフと思う。

****皆様の毎日がすてきな日々でありますように****
IMG_1341.jpg
使い古された言葉ではあるけれど、偉大なるアーチスト・大自然の創りたもうた「作品」を前に息を呑む。
谷の侵食の色具合、形、時々お城のように突き出てくる岩、彩りを添える松、そして早朝の澄み渡る青い空。

スポンサーサイト

誕生日

2014.08.01 (Fri)
7月が終わった。
私はこれで、母親が地球で過ごした年齢を上まってしまった。

私の中の母親は、今でも、あの日のまま。

いつも、たおやかに笑っていた母
山や清流への道を探しては連れていってくれた母
人のことばかり心配して、人の世話ばかりして、
いつでも笑顔で、感謝の言葉ばかりを連ねて
文句のひとつも言わずに旅立ってしまった、優しい人。

熱に浮かされた最後の言葉でさえ、
私の好物の飲み物が冷蔵庫に入っているからね、と念を押す一言だった。

当時、不運の轍に組み敷かれた感じであえぐ我が家は、
冷蔵庫なんて贅沢品はなかったのだが

…母は家族の世話を楽しんでいた頃の夢を見ながら、私に
最後の「ありがとう」を言うチャンスをくれた。

私はこれから、母親よりも老いていくのか…と思うと
お手本のない明日をつきつけられるようで怖くなる。

閉ざされた扉の向こうを考えるのは愚かなことかもしれないが
…伝え切れなかったありがとうの数を思えば、ぞっとする。

お別れのころ、私はいかにもワガママな思春期の娘だったので
一度でいいから、ちゃんと「ごめんなさい」を言いたかった。

きっと、いつものように、
「いいのよ、みさちゃん。だいじょうぶ。わかってるよ」と、
優しく言ってくれたのだろうか…と、今も母に甘えている。

ああ。
母が授けてくれた命が、母の年齢を超えてしまった。

まだまだ、これから…と思っている自分と
この年齢を祝うことのできなかった母親と

なんだか心の中がざわついて
上手く言葉に編み上がらず

7月は、気がつけば山に入っている時間が長かった。

山奥やせせらぎの音を愛していた母の心を、
聞きそびれた物語や愛の深さを
少しだけも分かれば良いな、などと祈りながら

母の面影を求めて、おろおろと山を歩きまわり
山頂につくたびに、いいそびれた「ありがとう」の数々を空に放って

少しでも母に近づきたくて
母の後を追うことばかり考えていた、父の悲しみを考えて

IMG_3717.jpg
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。